北海道に風が見える場所があるとい.います。

知床半島にある宇登呂漁港です。霧を伴う海上の冷気が海風にのって、一斉に内陸へ吹き込んできます。漁師さんたちは土手のようになって寄せてくる白い海霧を見て、「風が見える」と言うらしいです。

気象学者、根本順吉さんの随筆にあります。似たような光景は身近にもありはしないか。森の中。ゴーッと鳴った途端、木々の枝葉が揺れ始める時。緑濃い田んぼで突如、稲穂がザーッとなぎ倒されていく時。あたかも風が吹き渡っているのが見えるように感じます。

同じ感性は平安朝の歌人にもありました。古今和歌集に「夏と秋と行きかふそらのかよひぢは かたへすゞしき風やふくらん」凡河内躬恒。去る夏と来る秋がすれ違う空の通路。片側には涼しい秋風が吹いていることでしょう。

「行き合いの空」という美しい言葉もあります。夏の入道雲の傍らに、はけで掃いたように薄い秋の雲が流れています。四季のかすかな移ろいを敏感に感じ取って表現する力は、現代人よりはるかに優れていたのではないでしょうか。

9月になりました。県内では最高気温が30度を超える真夏日が続き、残暑は厳しいです。近年は秋を素通りし、一気に冬が来たと思うことさえ少なくないです。それでも注意深くしていれば、「小さい秋」を見つけることはできるでしょう。

知床の漁港で見えるのは「白い風」。熊本路に秋の始まりを告げる風は、いったい何色だろう。